麻痺性股関節脱臼の痛み

 幼少期に股関節が脱臼しても症状が無いことが多いです。症状が無くても、小児整形外科医は麻痺性股関節脱臼に対する手術を勧めます。麻痺性股関節脱臼を治療せずに放置した場合に、どのような問題が起こるかを知っておく必要があります。

 上のグラフは、ボバース記念病院に通院されている成人患者さんの調査結果です。MPが30%未満、すなわち股関節が脱臼していない患者さんでは、股関節の痛みを感じている割合は10%未満です。MPが30〜60%の股関節亜脱臼がある患者さんでは、約15%で股関節痛を認めました。MPが60%以上の重度亜脱臼や完全脱臼の患者さんでは、約60%の患者さんが股関節に痛みを感じていました。痛みの出現時期ですが、早いと10歳前後で痛みを訴える場合もありますが、多くは10代後半以降に痛みが強くなります。

 2番目の図は海外からの報告ですが、ボバースの調査と似た結果になっています。左のグラフは痛みの強さを表していますが、脱臼が重度になるほど痛みが強くなっていることがわかります。右のグラフは、痛みが起こる頻度や痛みの強さを示していますが、脱臼が重度になると痛みの頻度が増し、より強い痛みを感じています。

 かかりつけ医から『痛くなったら手術しましょう』や『歩けないので、股関節脱臼を治療する必要はありません』と言われている患者さんが多いようです。3番目の図の左の写真は、痛くなってから切除した大腿骨頭です。水色で示した部分に部分的に白い軟骨が残っていますが、ほとんどの部分は軟骨が削られ、下にある骨が露出してしまっています。ここまでいくと股関節脱臼を整復しても軟骨は再生しないので、大腿骨頭を含めた大腿骨近位部を切除するしかなくなります。右側の画像が、切除後の単純X線です。大腿骨近位部切除術を行うことで、股関節痛は改善しますが、脚が短くなり、座位が不安定になります。座位では、坐骨に負荷がかかるため、褥瘡に注意が必要になります。できれば、行いたくない手術です。

 麻痺がない股関節脱臼や変形性股関節症であれば、人工股関節置換術を行うことで、痛みが改善し、運動機能も回復します。脳性麻痺患者さんであっても人工股関節手術を行うことは可能ですが、人工股関節は不良肢位をとると脱臼しますし、過度の負荷で消耗していきます。不良肢位をとらないように自分の体をコントロールできることや筋緊張による人工関節への負荷が強くないことが必要条件となります。多くの脳性麻痺患者さんは、人工股関節の適応とならないため、麻痺性股関節脱臼を治療しておくことが望ましいです。